宮古毎日労組 和解を報告

パワハラ訴訟 正社員化1人、苦渋の決断

 宮古毎日労組のパワハラ訴訟解決報告集会=写真=が3月31日、沖縄県宮古島で行われました。主催の新聞労連をはじめ、各地連や各単組、沖縄マスコミ労協など全国から約60人が集結しました。九地連からは渡部さおり委員長、久井幸彦副委員長、本間隆司労連中執、西日本労組の城戸克彦書記長、南日本労組の山下悟書記長、宮崎日日労組の佐藤暢彦特別執行委員、毎日労組の竹ノ内幸二前九地連書記長が参加しました。

宮古毎日労組の洲鎌恵仁さんと砂川智江さんが会社側の圧力(猛暑の中のバイク勤務など)に対して損害賠償を求め、2015年6月に那覇地裁平良支部へ提訴したパワハラ訴訟は、幾度の和解協議を経て2月22日に和解が成立。洲鎌さんは4月1日から正社員となるものの、会社側が示した和解条項を受け入れる苦渋の決断をしました。和解条項には口外禁止の守秘義務が付いており、詳細は公表することができません。砂川さんは自分の人生をもう一回考えてみようと退職を選択し、4月から新たな仕事を始めることとなりました。

報告集会では、労連の小林基秀委員長が「今回の和解は百点満点ではないが、正社員化を勝ち取ったことは大きな成果。ここからがスタート。正社員ということは強みであるし、そこから新たな闘いを構築できる。宮古毎日労組は10年間闘ってこられた。フェーズ(局面)が変わりステージが1段上がった。労使関係の正常化を目指すため労使ともに努力するフェーズに入った。会社側が再び理不尽なことをすれば、私たち2万人の仲間は結束して全面的に応援していく」とあいさつ。

宮古毎日労組の恩川順治委員長は「(組合結成当事から)闘わざるを得ない10年間だった。組合活動がこんなに大変だとは思わなかった。結成時の組合員組織率は8割超だったが、会社側による脱退工作を受けて半年で過半数を割った。また、2007年から3年連続雇い止めを受けた。会社側は弾圧の手を緩めず、配転を繰り返しさせられた。炎天下でバイクに乗れという嫌がらせを受け、それを見るのがつらかった。一人を正社員にするのに10年かかった。10年闘ってこれかという思いはある。しかし、闘いをやめないで続けていくことがとても大事だと思った。和解で一区切りついたと思う。闘いを続けてこられたのも全国から支援していただいた皆さんのおかげです」と闘いを振り返り、支援に感謝しました。

洲鎌さんは「5年間、異動やきつい仕事で本当に地獄でした。和解は前進というよりも一息だと思った。和解には悩みました。高裁に持ち込むということも考えたが、組合員も戦い続けて疲弊している。妥協の上での和解だが、一年半闘って正社員になれたのは仲間たちのおかげ。いろいろな意見を聞けて激励や物心両面の支えも受けて訴訟を頑張れた。3人の雇い止めもあったが、彼らのためにもやめられない。最後までやるんだという思いと、仲間に救われて一緒に闘ってこれた。本当にありがとうございました。これからも頑張っていきます。みなさんの力を借りることもあると思います。応援してください」と話しました。

砂川さんは「業務そのものが組合活動で、一日8時間の組合活動を何年も続けた感覚でした。年間通して台風にさらされているようだったが、なんとかやってこれたのは皆さんのおかげ」と感謝の言葉を述べました。また、「新聞を読むことに抵抗感を持ち、苦痛な時期があった。目に触れるのもいや。記者職に戻りたいという気持ちもなくなった。自分を見極める時間を持ち、人生について考えた。家族のことも踏まえて退職する道を選んだが、申し訳ないという気持ちもある。組合員が増えてほしいと思うが、自分のような大変な思いをさせたくないという気持ちもある」と話しました。そして「組合活動は自分の意思で望んで歩んできた道。1ミリも後悔はしていない。これからも皆さんと仲間でありたいし、この経験を糧にしていきたい」と話しました。

報告集会の最後に、これからの宮古毎日労組の発展を願い、団結ガンバロー三唱で連帯を深めました。

 パワハラ訴訟は和解が成立しましたが、宮古毎日労組の闘いは終わっていません。九地連としては今後も会社側の言動を注視していきます。宮古毎日労組と情報を共有し支援活動を続けていきます。

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