島原で10年ぶり「雲仙集会」

九州地連は、新聞労連や毎日新聞労組、長崎マスコミ・文化共闘会議などと共同で65日、長崎県の島原文化会館中ホールで「2011雲仙集会」を開催しました。この集会は、20年前の雲仙・普賢岳大火砕流惨事の記憶や教訓を踏まえ、災害取材や災害報道の在り方を考える催しです。大火砕流惨事の犠牲者43人のうち、16人は報道関係者。集会は普賢岳の体験を風化させまいと災害の翌年から2001年まで10回開催してきました。今年は20年の節目であると同時に、相次ぐ災害、それに伴う災害報道について改めて考えていこうと10年ぶりに開催。「命を守る~雲仙から新燃・東北へ」をテーマに、報道関係者や地元住民ら約200人が参加しました。

開会あいさつでは新聞労連の東海林智委員長が「私たちは大火砕流惨事の中から報道の在り方、復興をテーマとした集会を開いてきた。これまで多くの議論があり多くの交流があった。普賢岳噴火災害以降、東日本大震災や新燃岳の噴火などさまざまな災害が発生する中、今再び災害報道の現状を考え、普賢岳の教訓を学び直そうと集会を開くことになった。働く者の命と住民の命を守る、その視点でわれわれは報道を続けていかなければならない」と述べました。

集会は2部構成。まず、普賢岳災害を記者として取材し、その後も各地で災害報道に取り組んでいる谷原和憲・日本テレビ映像取材部長が基調講演。「自然現象への知識不足」「『被災地』状況の認識不足」など普賢岳噴火災害時のマスコミの問題点を具体的に挙げながら、災害報道の在り方を検証。「住民に『マスコミがいるから安全』との誤解を与え、消防団に『報道陣よりも後ろにいては地域の安全は守れない』と思わせたことなどが、犠牲者を増やす結果になった」などと発言。「報道陣の行動は住民に見られている」「臆病者と言われる勇気を持て」などとも述べた上で、その後携わった災害報道では「普賢岳での反省を踏まえ、危険地域から引くことにした。引くことで、危険の高さを伝えることができる」などと話しました。

続くシンポジウム1部は、「雲仙の定点回帰」がテーマ。災害当時、毎日新聞現地デスクだった加藤信夫・スポーツニッポン新聞社常務取締役をコーディネーターに、谷原部長、長崎新聞の吉田利一営業局次長、住民代表として元島原農業高校教諭の満行豊人さんをパネリストに討論。消防団員ら教え子6人を亡くした満行さんは当時、一部マスコミが避難勧告地域の無人宅で電気や電話を使った事件を振り返り「盗電騒ぎがなければ子どもたちが亡くなることはなかった。悔しくて今も子どもたちの顔が浮かぶ」としながらも、「皆さんが島原の経験を無駄にしないため、集会を重ねてきたことを知り、うれしくありがたく思う。彼らにも報告したい」と述べました。当時、カメラマンだった吉田さんは、大火砕流の様子を生々しく証言し「災害に遭った方の立場に立って記事を書き、写真を撮ってほしい」と注文。大火砕流以降、住民への取材がメディアスクラムの状態に陥った反省を踏まえ、「一行の活字、一枚の写真が人の人生を左右する」との教訓を伝えました。また、加藤さんも「被災地の声を霞が関、永田町に伝えることに最も心を掛けた」などと振り返りました。

シンポジウム2部は「新燃・東北の現場」と題し、今年噴火した新燃岳や東日本大震災被災地の実情を現地の記者や地域防災学者が報告。テレビ長崎報道部の赤木健一郎デスクをコーディネーターに、放送大学岩手学習センターの斎藤徳美所長、宮崎日日新聞の斉藤僚一記者、河北新報の大泉大介記者を交え議論しました。地域防災が専門の斎藤さんは「いい絵を撮ることが報道の価値ではなく、地域の安全にどれだけ寄与するか、雲仙の20年目の節目に当たり、これが私の原点」と述べました。宮日の斉藤記者は、新燃岳付近の取材について報告。避難勧告地帯に入らないという会社の方針がある一方で、「それでも現地で不安を抱えて暮らしている人や家畜を養っている人たちのさまざまな声を広く届けたいという思いが募った」「最前線にいる若い記者には『怖いと思ったら引き返せ』ということぐらいしか言えなかった」などと災害報道の難しさを語りました。河北新報の大泉記者は、東日本大震災での取材を報告しながら「災害報道についてのマニュアルが各社あると思うが、マニュアル通りの有事が必ずしも起きるとは限らない。大事なのは目の前の災害について、個々人がどう対応、どう報道すべきかいつでも想像力を働かせること。また、すさまじい光景を目の当たりにし、記者という職業人としてのスイッチが入り、前のめりになってしまいがちだが、そこも改めて自制が必要だと気づかされた」と感想。また「同業他社を過度にライバル視するのではなく、目の前の被災者との関係を考え、物事を判断することが身の安全につながる」と述べました。最後に斎藤さんは「今日の災害より明日の防災。被災者は打ちひしがれており、マスコミはそうした人たちの心を豊かにする報道を心掛けて」と呼びかけました。

閉会あいさつでは、長崎新聞労組の三浦祐二委員長が「災害報道の真価が問われる今、さまざまな角度で意見交換された。私自身も島原で災害報道に携わった経験があり、自然の猛威の中で無力感を強く感じた。しかしその一方、住民の皆さんの生活再建の強い思いも感じ、それを背景に島原が復興していると思う。東日本大震災も必ず復興への道をたどっていくと信じているが、その過程でわれわれ報道機関がどう携わっていくのか改めて考えさせられた。最後にこの集会開催に尽力した皆さんに感謝申し上げたい」と締めくくりました。

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